前回に続いて、土の話の後編です。つくりながら答えが見えてくるという松本悠以さんの制作のしかた、そして「自分で画材をつくれなきゃ」という言葉から始まった土ポセミン。
畑のない須賀川の暮らしで感じている「足から根っこが引っ込んだ」感覚、耕すことの残酷さと虫への敬意、燃やした土ポセミン。そして次に挑戦したいのは、素材ではなく漫画だといいます。
この回の話題
| 時間 | 話題 |
|---|---|
| 00:03 | 土器は東京の展示にも |
| 01:08 | 答えは、つくったあとに出てくる |
| 01:30 | 建築で学んだ「考えるより先に手を動かせ」 |
| 02:11 | 完成ではなく、すべて成長途中 |
| 03:18 | 締め切りでは、区切りをつける |
| 04:23 | 「画材ぐらい自分でつくれなきゃ」 |
| 05:26 | 畑のない須賀川で、境界線はどうなった? |
| 06:28 | 何で生きているかが見えると、安心する |
| 07:40 | 土が近い暮らしが、文化になれば |
| 08:43 | バケツのトマトでは感じられない |
| 09:49 | 畑とセットの住宅があれば |
| 10:56 | 耕すことは、たくさんの虫を殺すこと |
| 12:00 | 虫たちへの敬意が、今の制作にもつながる |
| 13:03 | 陶器に描いて燃やした土ポセミン |
| 14:09 | 広野の土、福島の土、コーヒーのかす |
| 15:12 | 次は、漫画に挑戦したい |
考えるより先に、手を動かす
作品をつくっているときは、興味のままに手を動かしている。なぜこんな形になっているんだろうと考えながらつくり、「こういうことなのかな」とあとから答えが出ることが多いそうです。
それは、建築を学んでいたときに染み込んだ習慣。限られた時間の中で、ノートを広げてうなっているだけでは進まない。とりあえず模型をつくる。手を動かすと、やっとやりたいことがわかってくる。最初から完成形を目指すと、きっと手が止まってしまう、と松本さん。
完成ではなく、すべて成長途中
これまでつくってきたものは、どれも「過ぎ去っていくもの」。これで完成、というものに出会うことはなく、すべてが成長の途中でできたもの、という感覚なのだそうです。
それでも締め切りはあります。自分のつたないところはたくさんわかるし、理想には到底及ばない。でも、ここまでできたらOKというラインで区切りをつける。それが作品を仕上げるということだといいます。
「画材ぐらい自分でつくれなきゃ」
実際に土で描くようになったきっかけは、アーティストたちとの会話でした。野菜で絵の具ができると聞いたり、大玉村の「仙人」から「買ってきた鉛筆で描いているのか。アーティストは画材ぐらい自分でつくれなきゃ」と言われたり。
今もほとんどの画材は買っているけれど、その言葉はずっと心に残っていて、いつか自分でつくらなきゃと思っていた。売っているものにとらわれるな、という教えが、土を探し始めるきっかけになったのかもしれません。
足から根っこが引っ込んだ
大玉村では、育てた野菜を食べることで、自分と自分じゃないものの境界線があいまいになっていました。では、畑のない須賀川の今は。答えは「プツンってなっちゃった」。
自分が何で生きているのかが見えないと、ストレスがたまる。大玉村との違いを考えたとき、気づいたのは「見える」ことでした。何を食べて生きているかがわかり、また野菜ができるから、これからも想像できる。境界線を感じないくらいの一体感が、安心につながっていたのです。
土が近い暮らしが、文化になれば
お金を稼ぐのが得意な人もいれば、苦手な人もいる。なのに、全員が稼がなければいけないのは不思議。自分で食べ物をつくれるとわかれば、苦手な人も少しは気が楽になるかもしれない。土が近い暮らしが文化になれば、救われる人が増えるんじゃないか、と松本さんは考えています。
須賀川でもバケツでトマトを育ててみたけれど、それでは感じられなかった。地面の土は、掘っていけば地球の中心までつながっている。プランターやバケツで遮ってしまうと、自分と切り離されて、境界線がはっきりしてしまう。「根っこが生えないんです。足から根っこが引っ込んじゃって」。一方で、街なかにいると人との交流が増え、仕事も増える。畑とセットで住める家が当たり前になればいいのに、と話します。
耕すことは、たくさんの虫を殺すこと
土に触れていると、残酷さも知ることになります。千葉にいたころ教わったのは、畑を耕すと、知らない間にたくさんの虫を殺している、ということ。見えるミミズは助けられても、土の中の見えない小さな虫の命は、鍬を入れるたびに奪っている。
その死骸はまた養分になって、野菜に吸収され、自分になっていくかもしれない。そう考えると、すべてが他人ごとではなくなり、虫たちにも敬意を持てるようになった。その感覚が、今の制作にもつながっているそうです。手間ひまかけたふかふかの土のあたたかさを、ポセミンにも感じる、とはな。
燃やした土ポセミン
土とポセミンは、見た目や色は違っても切り離せない存在。土ポセミンは新しい技法というより、原点にあるものを表現したものなのかもしれません。
Instagramには、土ポセミンを燃やした作品も。紙に描くと紙ごと燃えてしまうので、陶器に描いて熱を加えると、土の中のものが溶けて、キラキラと光ります。
空白の個展のあとも、土ポセミンは続いています。広野町のアートフェアでは広野の土を集めて描き、横浜の展示では福島県内でお世話になった土地の土を集めて描きました。そこから派生して、コーヒー豆のかすを絵に登場させたことも。ちなみに、土ポセミンから芽が出たという報告は、今のところありません。
次は、漫画に挑戦したい
次の挑戦は、素材ではなく漫画。以前は4コマ漫画を描いていましたが、ポセミンの世界観を伝えるには漫画がいちばんだと考えています。万人受けする話ではないかもしれないけれど、世界観をしっかり出していったほうが、興味を持ってくれる人も増えるはず。noteなど、できるだけ無料で見られる形にしたいそうです。
漫画好きの隆志は、連載中の「怪獣の森」の続きが気になってしかたない様子。「とりあえず、土をいっぱい触りに行きましょう」という言葉で、今回は締めくくりました。
印象に残った一言
根っこが生えないんです。足から根っこが引っ込んじゃって、今。
前後の回
出演者

- 松本悠以:アーティスト、作家、畑の仕事をする人。「循環」「腐る喜び」をテーマに、ポセミンが登場する作品をつくる。Instagram
- はな & 隆志:移動販売の珈琲屋「GALATA COFFEE」を夫婦で営む。ウルトラFM「サンライズすかがわ」月曜パーソナリティ
